伊調馨 パワハラ受けても吉田沙保里を思いやる!知られざるリオ五輪の舞台裏!

五輪4連覇を達成し、その功績から国民栄誉賞も受賞した
女子レスリングの伊調馨選手が、
レスリング界の重鎮・栄和人監督から理由なきパワハラを
受けていたことが明らかとなりました。
今回、この陰湿な事件を取り上げたのは週刊文春。
早速、記事内容についてまとめていきます。

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伊調馨 栄監督のお気に入りから外れた!パワハラの理由はたったそれだけ!

 
3月1日発売の週刊文春に衝撃的な記事が掲載されました。
夏季五輪で女子レスリング4連覇という史上初の偉業を成し遂げた伊調馨選手が、
日本レスリング界の重鎮・栄和人監督から陰湿なパワハラを受けていたことが明らかとなりました。
文春には述べ6パージにも渡り、今回の騒動について掲載されていました。
早速、記事内容についてまとめていきます。

事態が明るみとなったのは1月18日の事でした。
この日、一通の告発状が内閣府の交易認定等委員会に提出されました。
告発状はA4用紙7枚に及び、内容は日本レスリング協会幹部らの
数々の不祥事について記載されていました。
中でも、協会の強化本部長である栄和人監督が伊調選手に対して行ったとされる
”パワハラ”に関する記述がその大半を占めていたそうです。

[出典;JOC]

告発状が指摘するパワハラは以下の3点。

・伊調選手が師事するコーチに対する不当な圧力
・伊調選手の男子合宿への参加禁止
・リオ五輪まで練習拠点としていた警視庁レスリングクラブへの出禁

この告発状を提出した弁護士は、
「五輪出場選手を含む複数の協会関係者から依頼され、作成した。
彼らは内閣府からの聞き取り調査にも応じる構えはあるものの、
内閣府は”参考にします”と言うのみで、提出から1ヶ月以上経過しても
何も動きがない」と、
提出から現在までの経緯について、文春の記者に明かしていました。

 

伊調選手と栄監督との出会いは2000年でした。
当時、二人は紛れもなく”良好な師弟関係”にありました。

中京女子大学(現:至学館大学)附属高校に進学した伊調選手。
その進学先のレスリングの指導を行っていたのが栄監督でした。
栄監督は伊調選手が大学を卒業するまでの7年間、
一貫してレスリングの指導を行いました。
ちなみに、伊調選手が入学した翌年に吉田沙保里選手、
その翌年に姉の伊調千春選手が同大学に入学し、栄監督の元で
レスリングの練習を行っていました。

かつて、伊調姉妹も栄監督の自宅で下宿生活を送り、練習に励んでいました。
栄監督は伊調姉妹について“線が細くて荒削りだが、伸び代がある”と、
期待を膨らませていました。
試合で負けると往復ビンタに加えて、蹴りを入れるなど、
パワハラとも言える行動が当時からあったそうですが、
この頃はまだ“愛のムチ”と言える関係にありました。

しかし、二人の師弟関係が北京五輪以降、次第に悪い方向へと進んでいきます。

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伊調馨 栄監督からの陰湿パワハラは北京五輪後!迫り来る引退の危機!

 
最初に二人の関係に亀裂が入ったのは北京五輪後に行われた世界選手権でした。
当時アテネ、北京と二連覇を達成し、また開催地が東京ということもあり、
日本テレビから協会に一億円の放映権料が支払われることになっていました。
しかし、伊調姉妹はケガのため欠場の意向を示していたのです。
もし、伊調姉妹が欠場となれば協会に支払われる放映権料が
6000万円まで減額されるため、栄監督をはじめ協会幹部は伊調姉妹を必死に説得したそうです。
結局、協会の説得も虚しく姉妹は揃って欠場。
この事がきっかけで協会内部から恨み節が聞こえるようになってきたそうです。

さらに、2009年には伊調選手が栄監督の元を離れる決断を下します。
この決断がのちの“陰湿パワハラ”へと繋がっていくこととなりました。

[出典;週刊文春 3月8日号]

五輪連覇の女王と言えど、ずっとトップに居続けることはそう容易くはありません。
もっと上を目指すため、東京行きを決断した伊調選手。
1Kのアパートで一人暮らしをしながら男子選手との練習を重ねていきました。
この事が栄監督の逆鱗に触れたそうです。

と 当初から男子選手との練習に批判的であった栄監督。
表向きには“男子選手に迷惑がかかる”としながらも、
実際には栄監督のメンツの問題ではないかと、
栄監督の知人が証言しています。
伊調選手が栄監督の元を離れ、一人男子選手との練習を重ねることにより、
栄監督の元では強くなれないと言われたも同然で、
コーチとしての力量を否定されたようなものだがらではないかと、明かしていました。

 

栄監督の元を離れ、第二の恩師となったのが田南部力氏でした。
当時、全日本男子のコーチを務めていた田南部氏に男子の合宿に参加させて欲しいと、
伊調選手自ら直談判したそうです。
田南部氏は快諾し、合宿で組み手などの技術をイチから指導しました。

2010年9月。
北京五輪以来、2年振りとなる国際大会の出場となりましたが、
伊調選手は1ピリオドも失うことなく、圧倒的な強さを見せつけて優勝を果たしました。

ようやく、第二の恩師とともに五輪を目指すスタートラインに立ったと思えた矢先、
滞在先のホテルのロビーで栄理事は田南部氏に
「今後は伊調のコーチングをするな。
伊調が辞めても他の選手が育っているからいい。
俺のいうことを聞かなければ男子コーチを外す」
と、言い放ったそうです。

10分ほどのやり取りだったそうですが、田南部氏も反論していたと、
その場に居合わせた関係者は言います。

練習場所が限られた伊調選手にとって、
田南部氏の指導を受けられないのは引退勧告にも等しいのです。
事実、告発状には
「伊調馨を外し、至学館大学の別の選手をオリンピックに派遣したい」と、
栄理事が発言したと書かれているそうです。
ですが、伊調選手は2011年の日本選手権を勝ち抜き、
実力でロンドン五輪の切符を手に入れました。

[出典;週刊文春 3月8日号]

ロンドン五輪で3連覇達成後、迎える4年後のリオ五輪でも見事金メダルを獲得し、
五輪史上初となる同種目4連覇達成という偉業を成し遂げましたが、
実は、このリオ五輪でも栄理事のお気に入り選手との確執の差が生まれていたのです。

栄理事はお気に入りの選手(吉田沙保里選手、登坂絵莉選手)と共に
選手団が乗る飛行機とは別の飛行機のビジネスクラスに搭乗し、
リオへ向かったそうです。
一方の、伊調選手はエコノミークラスでリオへ向かったと告発状には記載されています。

伊調選手が所属しているALSOKには練習場がなく、
警視庁レスリングクラブの練習場を借りて練習を行っていましたが、
レスリングクラブの監督と栄理事は高校時代の同級生という繋がりもあり、
伊調選手を同練習場から出禁扱いにするよう、
栄理事が指示を出したそうです。
同じく、田南部氏も警視庁レスリングクラブのコーチを外されました。
もちろん、この出禁についても特に理由はないとの事。

事実上、練習拠点を失った伊調選手。
現在は田南部氏が指導する日体大で週に1~2回、
身体を動かす程度に留まるそうです。
JOCの強化選手からも外されており、
東京五輪に向けて本格的な練習が行えない状況が続いています。

 

今後の活動について、伊調選手は
「今は東京五輪を目指したくても、とても考えられない状況」と話していました。

リオ五輪で吉田沙保里選手が4連覇を達成できなかった時、伊調選手は
「主将を務めた吉田選手のサポートを自分がもっとやらなければいけなかった」
と、自身の4連覇達成の喜びの声よりも吉田選手について
マスコミに語っていましたが、実はその裏で伊調選手は想像を絶する
苦境に立たされていたんですね。

”どちらが悪い”と言う事ではなく、選手が練習や試合に集中できる環境を
1日でも早く整えて頂きたいものですね。

【まだあった!栄監督の悪事!】

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