小林麻央葬儀は済んでも生き続ける魂!ついに国を動かした!

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6月22日にこの世を去った小林麻央さん。
生前彼女はブログで闘病の様子を赤裸々に綴り、
多くの反響を呼んでいました。
しかし、麻央さんの影響力は
留まるところを知らず、
葬儀は終わった今でも多くの人のKOKORO.を
動かしていたのです。

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小林麻央葬儀は終わってもまだ終わらない!生前本当に伝えたかったこと!

 
2016年6月に自身が乳がんであることを
夫の市川海老蔵さんが公表し、
同年9月1日に開設した”小林麻央オフィシャルブログKOKORO.”


[出典;小林麻央オフィシャルブログ KOKORO. 2016-09-02かつら]

麻央さんが亡くなる2017年6月22日まで
体調の良し悪しに関わらずほぼ毎日のように更新されたブログは
多くの人の涙を誘い、
多くの人の支えとなり、
また麻央さん自身も多くの読者からたくさんの勇気をもらったことだと思います。

 

中でも麻央さんが伝えたかったのは
「がんの早期発見の大切さ」ではないでしょうか?

麻央さんも後にブログでこう綴っています。

半年後の検査は8月頃の計算でしたが、
忙しい毎日のなか、
時間がとれない言い訳を重ね、
予約をせず、
いつの間にか、10月になってしまいました。

[引用;小林麻央オフィシャルブログ KOKORO. 2016-09-13 ⑥半年後の検査]

その場で、
病院に電話をし、
診察の予約を入れました。
どうしよう。
やってしまった。
8月だったのに。
8月だったのに。
半年後は8月だったのに。

[引用;小林麻央オフィシャルブログ KOKORO. 2016-09-14 ⑧後悔]

海老蔵さんと一緒に受けに行った人間ドッグで
左乳房のしこりを指摘された麻央さん。
その後、病院ででの精密検査で
「半年言に再検査」と言われつつも
多忙や若年という理由で検査を先延ばしにしてしまった事を
後悔していることを明かしていました。

 

今思えば、
もっと前から
癌にならないように努力できたことが
あったかもしれない。
主人が
私の身体のためにしてくれていた
助言にも、もっと耳を傾ければよかった。
でも、決して
何かに怠けていたわけではない。
あれがあの時の
私なりの精一杯だった。
だから、人生に「たられば」は無し。

[引用;小林麻央オフィシャルブログ KOKORO. 2016-09-22 17たらればは無し]

麻央さん自身、
「もし、あの時8月にちゃんと再検査に行ってたら…」
「もし、他の病院に行って検査してもらってたら…」
そんな”たられば”の後悔の念に駆られていたのかもしれません。
だからこそ、麻央さんはブログと言う情報発信ツールを使って
声を大にして言いたかったのではないでしょうか?

「健診は大事。」
「忙しいは理由にならない。」
「一度きりの人生、後悔しないために…」

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小林麻央葬儀は終わった今もブログ更新!国を変え、国境を越えた!

 

2014年2月、主人と人間ドッグを受けました。
一番の目的は、
身体を酷使することも多い
「主人の身体の検査」であり、
私はまだ31歳ですし、
「付き添い」で受けるくらいの気持ちでした。

[引用;小林麻央オフィシャルブログ KOKORO. 2016-09-07 始まりの人間ドッグ]

ブログの始まり、
闘病生活の始まり、
全ては海老蔵さんと一緒に行った”人間ドッグ”でした。
もし、この時付き添い感覚でも人間ドッグを受けていなかったら…
悲しい現実ですが、麻央さんの命はもっと短命なものになっていたかもしれません。

確かに私自身、乳がんに限らず”31歳”という年齢であれば
”がん”の2文字は到底頭に浮かばないと思います。

実際に各自治体が助成してくれるがん検診も
国のガイドラインに基づいて乳がん検診は40歳以上と決められています。
麻央さんが乳がんを発症したのは31歳。
きっと麻央さんも
「まさか自分が」という想いが心の片隅にあったのかもしれません。
それはきっと、麻央さんに限った話ではないはずです。

 

麻央さんのブログは晩年こそ体調の良し悪し、
家族との時間の過ごし方について多く語られていましたが、
開設当初は「がん検診の大切さ」「早期発見の大切さ」も
訴えていました。

そんな麻央さんの意志はついに日本と言う一国をも動かそうとしているのです。
現職の塩崎厚労相は
「今回の小林麻央さんの問題でも、34歳という若さでなっているけれど、
実際にがん検診を受ける年齢は、もっと上になっていることも含めて、
考え直さないといけない。」
と、現行のがん検診の在り方について見直す必要がある趣旨を述べました。
(実際は31歳という若さで発症していますが…)

如何に麻央さんのブログがひとつのメディアとして
影響力のあるものだったのか、
改めてそのすごさを実感させられる出来事となりました。

 

そして、麻央さんのブログはついに国境を超える日が来たのです。
もともとイギリスのBBCで「今年の女性100人」に選出され、
世界進出を果たしていましたが、
夫の海老蔵さんが麻央さんの意志を日本国内のみならず、
世界の乳がんと闘う患者さん、その家族に少しでも役に立てば…
という想いを乗せ、2017年6月30日に英語に訳して発信したのです。

生前最後の記事となったのは352記事目、「オレンジジュース」


[引用;小林麻央オフィシャルブログ KOKORO. 2017-06-30 オレンジジュース]

弾ける笑顔がとっても印象的なこちらの記事。
この投稿から早10日が経ち…
麻央さんから夫・海老蔵さんにバトンリレーをする形で
353記事目が更新されました。
「Being myself」
~なりたい自分になる~

麻央さん初めての投稿となった記事ですね。
この夫婦リレーブログに関しては
賛否両論ありますが、
私個人的には素敵なことだと思います。

いくら”夫婦”と言っても
やっぱりどこか”他人”だし、、、。
だけど、奥さんの想いをちゃんと理解して、生前は全力で支えて。
奥さんの死後もその想いを尊重出来る人なんて
そう多くはいないと思います。

未だかつて闘病ブログを本人が書いて、
亡くなった後に英訳して投稿するなんて
やったことある人は居ないんじゃないでしょうか?
何事も”先駆者”というのは周りから揶揄されるものです。

海老蔵さん・麻央さんの闘いはまだ続きそうですね。

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