夏目雅子 夫・伊集院静と不倫中に妊娠してた!花火大会を我慢していれば今も生きていた!?

3月23日放送の爆報theフライデーで取り上げられる夏目雅子さん。
放送では生前最後の写真をテレビ初公開し、
その写真が芸能史を変えるかもしれない1枚として紹介されますが、
夏目さんの事をあまり知らない方が増えたのも事実。
そこで、今回は白血病で僅か27年という短い人生だった
夏目さんの半生について情報をまとめていきます。

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夏目雅子 女優デビューまでは超一流のお嬢様!?

 
昭和の幻の大女優と言っても過言ではない夏目雅子さん。
1985年9月11日、わずか27年という短い人生に幕を閉じました。
夏目さんが活躍していた姿を知らない方も多いかと思いますが、
このCMが記憶に残っている方は多いかもしれませんね。

こちらは2003年に流れていたACジャパンのテレビCM。
白血病で命を落とした夏目さんの生前の映像を使い、
骨髄バンクの大切さを伝えるCMとなっています。

ではここで、夏目さんの簡単なプロフィールをご紹介します。

芸名;夏目雅子(なつめ・まさこ)
本名;西山雅子(にしやま・まさこ)
旧姓;小達
生年月日;1957年12月17日
没年月日;1985年9月11日
出生地;東京都港区六本木
出身地;神奈川県横浜市中区山手

夏目さんは1957年12月17日に東京都にある日赤病院で生まれました。
父は貿易商をやっており、亀甲屋は実際は荒物、金物、石鹸、亀の子たわしなど
日用品雑貨の店を営んでいました。
しかし、夏目さんが芸能界デビュー後は父の仕事は貿易会社社長の娘などに変更されました。
また、1964年に行われた東京オリンピックのための道路拡張工事に際し、
日用品雑貨のお店をビルにし、貸しビル業に転職。
成功を収めたそうです。

東京女学館小学校、東京女学館中学校・高等学校を卒業。
学生時代のあだ名は「ダテピン」でした。
あだ名の由来は、テストで悪い点数を取ったときに限って「見て、見て」と
あけっぴろげで答案を見せたがるからだそうです。

きょうだいは3歳上の兄、10歳下の弟。
夏目さんの生前の趣味は毛糸の編物、絵(デッサン)、琴、
古い食器収集、俳句(東京俳句倶楽部所属、俳号は海童)、生け花(草月流)でした。

家は六本木の亀甲屋、高輪、神奈川県横浜市中区山手と転々としましたが、
ここはモービル石油の日本支社長の旧宅で敷地は250坪もある豪邸。
千葉県館山にも別荘を持つなど、まさに生まれも育ちもお嬢様と言える家庭環境に育ちました。

夏目雅子 伊集院静との不倫始まりはCM!女優業はどんどん飛躍!

 
お嬢様育ちの夏目さんが女優を目指すきっかけとなったのは
夏目さんが小学3年生の時に放送されていたにテレビドラマ「チャコちゃんハーイ!」でした。
このドラマを観ていた少女・夏目雅子は女優を志し初めます。
小学校3年生でありながら、すでに自分の意思を持って母親に”子役になりたい”と
伝えましたが、母親に猛反対されず、その願いは叶いませんでした。

しかし、夏目さんが抱いていた女優への憧れは消えることなく、
17歳の時にヴィットリオ・デ・シーカ監督の映画「ひまわり」を映画館で観て衝撃を受けます。
そして、ソフィア・ローレンに憧れ、本格的に女優を目指すようになりました。

高校卒業後の1976年、東京女学館短期大学にそのまま進学し、フランス語を専攻。
ここで、本格的に女優を目指す夏目さんに転機が訪れます。
入学直後に、父の友人のツテでタオルメーカー内野株式会社(現UCHINO)のコマーシャルに
出演することが決まったのです。
もちろん、夏目さんはまだデビュー前で初めてのテレビ挑戦でしたが、
校則が厳しい学校であったので、短大は中退することになります。

短大中退により、ますます女優になるための活動が本格的になり、
同年、日本テレビ・愛のサスペンス劇場「愛が見えますか…」のオーディションに参加。
486人の応募者の中から盲目のヒロイン役に選ばれ、本名・小達雅子で
念願の女優デビューを果たします。

[愛が見えますか… 出典;ファミリー劇場]

初めて女優として演技をしましたが、盲目のヒロインという
難しい役柄ということもあり、57回連続でNGを連発。
「お嬢さん芸」と揶揄されるほど拙い演技でした。
このことが原因か分かりませんが、夏目さんは周囲から“お嬢さん”と見られることは
後々まで彼女のコンプレックスとなります。

 

しかし、拙い演技の一方で、CMは次々と決まり、
1977年から8年間、山口銀行の広告に登場。
同年に、カネボウ化粧品のキャンペーンガールとなり、
「クッキーフェイス」のCMで大きな注目を集めました。
この時、夏目さんは20歳。

このカネボウ化粧品のCMまでは本名である”小達雅子”で活動をしていましたが、
夏の注目の目玉商品になることで、芸名を”夏目雅子”へ改名しました。
さらに、イギリスの女性ヴォーカリスト、ティナ・チャールズが歌う
同CMの使用楽曲「Oh!クッキーフェイス」を自ら日本語でカバーし、CDデビューしました。

まさに、夏目雅子ブレイクのきっかけを作ったCMですが、
この時、CMディレクターを務めていたのが、
後の直木賞作家で不倫相手で夫の伊集院静さんでした。

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夏目雅子 伊集院静と3年にわたる不倫関係で堕胎も!結婚生活わずか1年の衝撃!

 
クッキーフェイスのCMも好調で、ますます人気に拍車がかかる夏目さん。
デビュー当時は”お嬢さん芸”と言われた演技も次第に観る者を魅了する
素晴らしい演技へと成長していきます。

1977年、TBSの「すぐやる一家青春記」をはじめ、
東映映画「トラック野郎・男一匹桃次郎」ではヒロインの小早川雅子役に抜擢。
映画初出演を果たしました。

1978年にはドラマ「西遊記」で演じた三蔵法師役で「頭の形が良く、美しくて神々しい」と
夏目さんの容姿端麗な姿に注目が集まり話題となりました。
ドラマ自体も好評で、西遊記出演以降は、バラエティー番組など
タレントとしての出演が増えていきましたが、
「本格的に女優を目指したい」と本人が熱望し、所属事務所を変更。
移籍後は、女優業中心の活躍となりました。

夏目さんの代表作と言われる映画「鬼龍院花子の生涯」は1982年に上映されました。
劇中に出てくる『なめたらいかんぜよ!』は流行語となるほどの一大ブームとなりました。

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女優として活躍の場が広がる一方で、プライベートでは3年にも及ぶ
大不倫をしていました。
そのお相手が、先にも出てきた伊集院静さん。

現在、伊集院さんは作家として活動をしていますが、
1977年当時、夏目さんと出会ったころはCMディレクターとして活躍していました。
夏目さん20歳、伊集院さん26歳。
二人はよほど強く惹かれ合ったのか、出会ってすぐに交際を開始します。

しかし、伊集院さんは前職時代(電通)に結婚し、二人のお子さんにも恵まれていました。
1980年に伊集院さんが離婚をするまでの3年間は夏目さんと不倫関係にありました。
伊集院さんが離婚してからも二人の関係は続き、
交際期間7年という月日を経て1984年8月27日に結婚しました。

一見、大恋愛の末結ばれた微笑ましい結婚のようにも見えますが、
伊集院さんは離婚してからの4年間、四角関係にあったとも言われています。
そのうちの一人が、今も女優として活躍されている桃井かおりさん。

[出典;桃井かおり 公式サイト]

桃井さんと伊集院さんの二人は、伊集院さんが夏目さんと結婚するまで
交際を続けていたそうです。

そして、伝説の女優・夏目雅子からは想像できない話もありました。
結婚までの7年間で、夏目さんは伊集院さんとの子を何回か身籠っていたのです。
しかし、二人には子どもがいない事から分かるように、
妊娠しては堕胎…という衝撃的なエピソードがありました。
この話に関しては当事者である伊集院さんと、
夏目さんの実母・スエさんが認めています。

結婚後は神奈川県鎌倉市由比ガ浜に住んでいました。
媒酌は行きつけの鎌倉長谷寺近くにある寿司店主夫妻が務めました。
そして、結婚式もこの寿司店でひっそりと内輪だけで行われました。
後日、自宅で週刊誌用に行われた記者会見で、新婚旅行について言及しており、
行き先は「韓国です。」と答えています。

美談では収まらない二人の結婚でしたが、7年という交際期間を経ての結婚という事もあり、
二人がおじいちゃん・おばあちゃんになるまで添い遂げるのかと思われましたが、
結婚生活は約1年で幕を閉じます。

結婚翌年の1985年9月11日に、肺炎の急性増悪によってお亡くなりになりました。
夏目さんは27歳、伊集院さん35歳の秋でした。

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夏目雅子 病気と縁を切っても切れない関係に!晩年は女優魂を見せつける!

 
夏目さんは27歳という若さでこの世を去りましたが、
生前から病気と切っても切れない縁にあったと言っても過言ではないのです。

1979年に夏目さんの実父がスキルス性胃癌に倒れました。
胃の摘出手術を行いましたが、すでに癌は末期の状態まで進行しており、
翌年に47歳という若さで他界されました。
父の手術を行う際、夏目さんは
「気絶してしまうからやめなさい」という医師の指示を聞き入れず、
手術の一部始終を自身の目で見ていたそうです。

そして、夏目さん自身も病魔に襲われます。

夏目さんがまだ独身だった1981年。
「野々村病院物語」や、NHK大河ドラマ「おんな太閤記」など、
この年も女優として慌ただしい毎日を過ごしていましたが、
その裏で、甲状腺が肥大してしまう病気、”バセドウ病”の手術を行っていました。

さらなる病魔がこの4年後に夏目さんを襲います。

1985年2月14日、舞台「愚かな女」に出演していた夏目さん。
公演の最中に10円玉大の口内炎が出来、加えて激しい頭痛等極度の体調不良を訴えました。

舞台はPARCO西武劇場にて2月3日~24日までの約20日間の公演予定でした。
しかし夏目さんはこの時、すでに舞台には立っていられない程の体調不良だったそうです。
夏目さんは泣きながら「這ってでも舞台に戻る!」と、
頑なに病院へ行くことを拒み続けましたが、
共演の西岡徳馬さんの勧めにより翌2月15日に慶應義塾大学病院を受診。
そして、緊急入院となりました。
出演中だった舞台は15日から休演を余儀なくされます。

診断名は『急性骨髄性白血病』という、血液のガンと言われる大病でしたが、
夏目さん本人には「極度の貧血」とだけ告げ、本当の病名を伏せていました。

夏目さんが入院下と同時に、夫の伊集院さんは、
仕事をすべて辞めて彼女が亡くなるまで母親らと共に懸命の看病にあたりました。

そして、1985年9月11日午前10時16分。
女優・夏目雅子はこの世を去りました。27歳でした。

闘病期間は約7ヶ月。
体調は徐々に回復していき、退院間近という報道があった直後の出来事でした。
夏目さんの直接の死因となったのは、
抗がん剤の副作用等が原因で併発した肺炎が原因とみられています。
8月下旬からずっと高熱を発し、9月8日に突然熱が一時的に引きましたが、
翌日から再び高熱を発して意識不明の重体。
そのまま息を引き取りました。

一部では、近くで行われる花火大会に行きたいと、
無理を言って病院の屋上から伊集院さんと花火を観ましたが、
それが原因で風邪をこじらせて肺炎を発症したとも言われています。
抗がん剤治療で夏目さんの免疫力はかなり低下していたため、
軽い風邪も治りにくい状態となっていたのです。

 

戒名は小達家菩提寺から「芳蓮院妙優日雅大姉」。
夫の西山家(伊集院さんの本名)の菩提寺から「雅月院梨園妙薫大姉」。
菩提寺は、山口県防府市防府駅近くの大楽寺、多磨霊園の小達家の墓にも分骨されています。

夏目さんが亡くなってから33年が経ちますが、
今もなお、多くの人を魅了し続ける伝説の女優。
もし、病に倒れていなかったらもっと数多くの名作を世に残す
大女優になっていたのかもしれませんね。。。
 

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