ピーコ 義眼と同時に失った彼氏と左眼!眼球全摘しなければ命の保障はない!

タレントのピーコさんが23日放送の爆報theフライデーに出演されます。
放送では29年振りに彼氏と再会という事で、
放送前から早くも話題となっていますが、彼氏と別れた同じころ、
ピーコさんは命にも関わる病気を患っていました。
今回はピーコさんの半生について情報をまとめていきます。

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ピーコ 元カレNと交際時は義眼じゃない!別れと病気が同時に襲う!

 
最近ではあまりテレビで観ることが少なくなりましたが、
かつて、”ピーコの辛口ファッションチェック”で一世を風靡したタレントのピーコさん。

2月23日放送の爆報theフライデーでピーコさんの29年前の彼氏と
再会するシーンが放送されるという事で、
放送に先駆けてピーコさんの半生を追っていきたいと思います。
まずは簡単なプロフィールをまとめていきます。

芸名;ピーコ
本名;杉浦克昭(すぎうら・かつあき)
生年月日 1945年1月18日
出生地;神奈川県横浜市保土ケ谷区
血液型;A型
職業;タレント、ファッション評論家、シャンソン歌手

”おすぎとピーコ”の愛称でお茶の間に親しまれているピーコさん。
おすぎさんはピーコさんの双子の弟さんです。
”おすぎ”という芸名は本名の”杉浦”から取っていますが、
芸名が”ピーコ”となった由来をみなさまがご存知でしょうか?

ピーコさんは高校卒業後すぐに横浜トヨペットに入社しました。
その後、何回か転職をしたのち、文化服装学院のデザイン科に入学し、
ファッションの道へと進むこととなりました。
社会人時代(厳密に言うとサンヨーレインコート就業時)、作業時のお喋りが多く、
「ピーピーうるさいぞピーコ!!」と言われたことがきっかけで”ピーコ”の名が生まれました。

芸能界との関係は26歳の時、弟・おすぎ経由で裏方として
ドラマ衣装の製作を頼まれたのが最初でした。
当時、弟・おすぎさんと“双子おかまコンビ“と称され、
裏方の仕事だけでなく、次第に表舞台に立つようになりました。

 

芸能界での仕事もこれから軌道にのると思われた1989年、
非情な運命がピーコさんに襲い掛かりました。

“左眼メラノーマ(悪性黒色腫)の診断”

今から29年前に“癌”を患っていたのです。
そして、23日に放送された爆報theフライデーで
“元カレイケメン俳優Nと29年振りの再会”が放送されるということで、
ピーコさんは大病を患った頃、彼氏さんだったイケメン俳優との別れも経験していたようです。
痛みの違う、辛いふたつの出来事がほぼ同時期にピーコさんを襲っていたのですね。
テレビで観る気丈な振る舞いは、かつて辛い経験をしてきたからこそ
今を大切に、思いっきり楽しみたいという想いが込められているのかもしれませんね。

ここからはピーコさんを襲ったメラノーマについて
もう少し詳しく書いていきます。

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ピーコ 義眼と同時に失った左眼!眼球全摘で助かった命!

 
一般的に“メラノーマ”と聞くと、“皮膚の癌”をイメージしませんか?
このメラノーマ、皮膚に症状が現れる事が多いだけであって、
ピーコさんのように眼窩内組織や口腔粘膜上皮にも発症するんです。
簡単に言い換えれば、眼や口の中に発症するという訳ですね。

ピーコさんの場合、最初に異変を感じたのは、原稿を執筆している時だったそうです。
見慣れているはずの原稿用紙の横線位置が分からなくなり、左目がかすんで見えたと言います。
さらには、左目だけで見ると右目だけで見た時よりもモノが小さく見えたそうです。

これはおそらく、左眼の黒目の部分に発症したメラノーマが
次第に大きく広がり、黒目の中心部分に浸潤してきたものと考えられます。
この病の一番恐ろしいところは、“自覚症状がほとんどない”ことです。

[出典;Wikipedia]

実際にピーコさんも左目が見にくくなっただけで、痛みはなかったと言います。
そのため、違和感を感じてから半年間、
病院に行き診てもらうこともなく過ごしていました。

1989年8月、当時44歳だったピーコさんは、おすぎさんと一緒に
年に1度の健康診断を受けに行きました。
しかし、健診で異常は見つかりませんでした。

異常も見つからず一安心したピーコさんでしたが、
健診に訪れていた病院長の奥様が以前から目の不調を訴えていたピーコさんを心配し、
眼科医にちゃんと診てもらったほうがいいと、
ピーコさんを説得しました。

こうして、眼科医に診てもらうことになりましたが、
最初の診断は左目の網膜剥離。
このままでは失明の可能性もあるため、翌日院長に紹介された
小田原市内の病院で改めて診察を受けたました。
造影剤使用した写真を何枚か撮った結果、
医師が告げたのが「これがメラノーマだ」という言葉だったのです。

奇しくもピーコさんは、メラノーマという言葉を知っていたため、
すぐに「自分は癌なのだ」とわかったそうです。

メラノーマの患者数は国内で年間1500人~2000人発症と、決して多くありませんが、
予後が非常に悪性度の高い癌のひとつで、
転移すると5年生存率は10%と大変に恐ろしい癌なんです。

ピーコさんの場合は、眼球の後ろ側の網膜を覆っている脈略系に発症。
メラノーマの中でも目の中にできるのはなんと30万人に1人と言われるほど珍しいケースでした。
また、眼球の直径が2.5㎝なのに対して、腫瘍の大きさは1.4㎝もあったそうです。

「眼球を全摘しないと脳に転移する」と医者に言われ、
ピーコさんは左眼球を全摘出すると、即断したそうです。
通常、眼球全的手術は20分ほどで終了するものですが、
ピーコさんの場合は眼球に圧力をかけると癌細胞が散らばり移転する可能性があった為、
手術時間は2時間もかかったそうです。

 

幸いにも癌の転移は認められず、現在も義眼生活を送っているピーコさんですが、
傷口に合わせて義眼を作成するため、
傷口の形が変わるたびに新しい義眼を作成しなければなりません。
これまでに35個の義眼を作ったとピーコさんは語っています。
特に術後1年は傷口が変化していくため、年間20個の義眼を作成したそうです。
義眼にもいくつか種類がありますが、ピーコさんの場合、
眼球をマルっと義眼にしているため、ひとつの価格は約30万円。
また、ピーコさんが義眼を装着し始めた当時は保険がきかず、全額実費負担。
現在では保険も適用となり、10万円ほどの自己負担で義眼が作成できるそうです。

とは言え、芸能界で働いているピーコさんでさえかなり痛い出費。
そこで、永六輔さんや黒柳徹子さんたちがピーコさんに
義眼をプレゼントする会”おしゃれ目の会”を結成してくれたそうです。
1口1万円で300人の方が寄付してくれたと、後のインタビューで語っていました。

ピーコさんは毎朝、義眼が入っていない左眼を鏡でしっかりと見てから
義眼を装着しているそうです。
その理由は「今日も生きている。ありがとう」と、
今日ある命に感謝してからいちにちが始まるそうです。

久しぶりにピーコさんの辛口コメント、聞きたくなっちゃいましたね。
 

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