坂本トレーナー 24時間テレビマラソン企画の立役者!成功は彼のお陰!

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いよいよ26日18:30から放送が始まる
日テレ系夏の恒例番組、
”24時間テレビ~愛は地球を救う~”
この番組のメイン企画でもある
チャリティーマラソンは毎回大きな感動に包まれます。
この感動の裏に坂本トレーナーの
プロならではの采配が感動に繋がっていたのです。

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坂本トレーナー 15年見続けた24時間マラソン!歴代走者は28人の距離決めは誰?

 
毎年夏の恒例になった24時間テレビ。
24時間テレビと言うと…
「チャリティーマラソン」とイメージする方も多いのではないでしょうか。
それくらい、ウルトラマラソンの企画には
皆さんの記憶に残るくらい印象深いものとなっているんですね。

今年の24時間テレビの放送も26日18:30と迫る中、
メイン企画のひとつでもあるこのマラソンのランナーが未定という、
未だかつてない波乱の状況となっています。
そのため、ネットやテレビではランナー予想が激しく繰り広げられ、
終いには「〇〇にオファーしたが本命に断られた…」
なんていう話が回ってしまうほどです。

 

このチャリティーマラソンは
24時間走り続けること、
距離がとてつもなく長いこと、
走るために練習に時間を積まなければならないことなどから
例年であれば放送の3ヶ月前にあたる5月頃にランナーの発表が行われ、
本番に向けてひたすらトレーニングに明け暮れるようになります。

しかし今年の場合、マラソン企画が始まって以降
初めてとなる”ランナー発表が当日”という事態のため、
練習する時間すらまともにないままとなります。

また、とてつもなく長い距離を走るチャリティーマラソン。
ランナーごとに距離の設定が異なりますが、
この距離設定をしている人物が、
トレーナーの坂本雄次さん。
言わずと知れた名物トレーナーです。


[出典;坂本雄次 オフィシャルブログ]

15年来、24時間テレビのマラソンには坂本トレーナーが
トレーニングをサポートし、
本番も自身も一緒に走りながらランナーに激励を送り続けていました。

 

毎年ランナーのトレーニングに携わっている坂本トレーナー。
その年のランナーが走る距離を決めるのも
坂本トレーナーの大事な役目なんです。
距離設定の提示をしているのは”番組スタッフ”ではなく、
”坂本トレーナー”だったんですね。

本番1か月前に本人の状態などを見て距離を決めています。
また距離を決める際、
”ギリギリ時間内にゴールできるか…できないか…の距離に設定する”
という事を考えているそうです。

毎年24時間テレビのマラソンの感動の裏には
プロによる緻密な計算のもとに生まれていたのですね。

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24時間テレビマラソン歴代走者一覧!マラソン企画は第1 からじゃない!

 
では早速、歴代走者について書いていきます。
私はてっきり第1回目の放送から続けられている企画だと思っていたのですが…
マラソン企画初回となったのは第15回、1992年だったんです。

走者と走行距離を一挙公開します。

1992年(第15回) 153キロ 間寛平(当時43歳)
 
1993年(第16回) 200キロ 間寛平(当時44歳)

1994年(第17回) 100キロ ダチョウ倶楽部(肥後;31歳、寺門;31歳、上島;33歳)

1995年(第18回) 600キロ 間寛平(当時46歳)

1996年(第19回) 100キロ 赤井英和(当時37歳)

1997年(第20回) 100キロ TOKIO・山口達也(当時25歳)

1998年(第21回) 100キロ V6・森田剛(当時19歳)

1999年(第22回) 110キロ にしきのあきら(当時50歳)

2000年(第23回) 150キロ トミーズ雅(当時40歳)

2001年(第24回) 85キロ  研ナオコ(当時48歳)

2002年(第25回) 100キロ 西村知美(当時31歳)

2003年(第26回) 110キロ 山田花子(当時28歳)

2004年(第27回) 100キロ 杉田かおる(当時39歳)

2005年(第28回) 100キロ 丸山和也(当時59歳)

2006年(第29回) 100キロ アンガールズ(山根;30歳、田中;30歳)

2007年(第30回) 70キロ  萩本欽一(当時66歳)

2008年(第31回) 113キロ エド・はるみ(非公表)

2009年(第32回) 126.585キロ イモトアヤコ(当時23歳)

2010年(第33回) 85キロ  はるな愛(当時38歳)

2011年(第34回) 距離不明 徳光和夫(当時70歳)

2012年(第35回) 120キロ 佐々木健介・北斗晶一家
(健介;46歳、北斗晶;45歳、健之助;13歳、誠之助;9歳)

2013年(第36回) 88キロ  大島美幸(当時33際)

2014年(第37回) 101キロ TOKIO・城島茂(当時44歳)

2015年(第38回) 100キロ DAIGO(当時37歳)

2016年(第39回) 100.5キロ 林家たい平(当時51歳)

[引用;Wikipedia]

こうやって一覧で見てみると、
印象に残っているゴールシーンや走っている姿が思い浮かんできます。

ちなみに、1998年に間寛平さんが3度目に挑戦したマラソンの距離が
600キロと、とてつもない数字を叩き出していますが、
これは1週間かけて走った距離となっています。
さすがに24時間内で600キロは走破できませんよね。

そして、坂本トレーナーはこの全てのマラソンに携わっています。
決して表舞台とは言えない影の功労者ですが、
彼無しにこの成功はないと言っても過言ではありません。

しかし、坂本トレーナーは2010年以降は
ランナーのサポート・トレーニングに携わっても
”伴走”することが出来なくなっていたのです。

坂本トレーナーの右股関節の古傷が悪化し、
人工関節置換術を受けたためです。
この手術以降、坂本トレーナーは
トレーニング時は自転車で並走、
本番はランナーが本当に辛くなった時だけ、
車から降りて数メートルだけ伴走するという事が続いていました。

 

過去の走行距離一覧を見てみると、
概ね100キロ前後が体力・気力の限界という事なのかなと思います。
しかし、そこでどうしても避けて通れないのが企画のマンネリ化。
そのため、家族でリレー形式で走ってみたり…
コンビで一緒に走ってみたり…
日テレもあの手この手を使って”不変の変化”を求めているように感じます。

そして、迎える2017年の24時間テレビは…
ランナー当日発表。
ここまできたらもう他のサプライズは無いように感じます。
近年は視聴率の低下もあり、
あえて視聴者の興味をそそるようにしたのでしょうか。

とにかく、ランナーがどなたになってもよいので、
カラダを壊さないよう気を付けて頂き、
ゴールテープを切る姿を観たいですね。
 
 
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